やきにくとくにきや

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PHPカンファレンス2018の実行委員長をやった話し

      2018/12/19

12/15土曜日に大田区産業プラザPiOで開催したPHPカンファレンスの実行委員長を務めた。

PHPカンファレンスとしては、関西や福岡などの都市を始め色々な地域でやっているが、その東京版であり首都でやるだけあってその中でも最大規模となっている。
特に今回は2000人を超える来場登録があり、言語系のカンファレンスとしては日本最大級になったのではないかと思う。

PHP Conference2018
http://phpcon.php.gr.jp/2018/

 

 

 

2013年に当日スタッフとして参加し技評のレポートを書くところからはじめ、スポンサー担当、会計、副委員長などをやり、今回実行委員長というなかなか経験できない立場を経験させてもらえる機会をいただいた。
技術イベントの代表として主催するのは人生で二度目である。

PHPカンファレンス2013 スペシャルレポート
https://gihyo.jp/news/report/01/phpcon2013

 

 

開会の挨拶でも話したが、PHPは高校生の頃から書いている。
初めて触った言語はperlだったがPHPに出会った時の衝撃は忘れない。
HTMLに直接かけるし、適当に書いて動くし、どこのレンタルサーバを借りてもだいたい動くし、コンパイルとか環境とかそれほど気にしなくても、サーバにアップすれば動いてくれた。
面倒くさがりな私はすぐにPHPの虜になった。
それからは、役に立つものから立たないものまで数多くのWEBアプリケーションや業務システムの開発をやって来た。

PHPで作ったアフィリエイトサイトやWEBサービスの広告なんかで高校生にしては結構な額を稼いでいた時期もある。
声優のライブに行きまくったり、同人誌書いまくれたのはPHPのおかげと言っても過言ではない。

PHPの高度な試験ができた時は、気合い入れまくりで受かるまで何回か受けたりもした。
当時の合格率は5%くらいでかなり苦戦したのを覚えている。

PHP技術者認定試験
https://www.phpexam.jp/summary/expert/

2013年からはPHPカンファレンスの存在を知って、スピーカーになる自信はなかったのでスタッフになった。
まあ、その時にはすでにスタッフジャンキーだったから、運営に関わりたかったのもある。
なにはともあれ、PHPと一緒に育って来たエンジニア人生だったから、PHPの一番大きなカンファレンスの実行委員長をやれたことは自分にとって、非常に大きなことだった。

 

 

1月くらいにキックオフを行い、それから毎月オンラインとオフラインのミーティングを交互に重ねながら、30人くらいの委員と準備をしてきた。
20年くらい続けているカンファレンスなのである程度の枠組みはあったし、有能かつ情熱ある仲間達が集まってくれたので実務に関しては、正直自分が何もしなくてもガシガシ動かしてくれた。
すごい頼もしかった。

それでも、仕事やリアルが充実して忙しくなって動けなくなる人が居て、急遽だれかが代わりにやらなければいけなくなってバタバタすることもあった。
自分でやることも多少はあったが、大抵は誰かが進んで手を上げてくれた。
誰とは言いませんが、ピンチを救ってくれた人達には本当に感謝している。
当日に関しても100人を超えるスタッフが集まってくれて、自分がなにか指示をしなくても円滑にまわしてくれた。
大きな事故はなかったし、SNSでも評判は概ねよく、一時はトレンド入りまでしたと聞いた。

(自分の目で見れなかったのが残念である。)

誘導の際の安全管理とか、
スライドが繋がらなくて始められないセッションがあったらどうしようとか、
ランチセッションのお弁当の奪い合いが起きたらどうしようとか、
そういう心配は杞憂だった。

 

 

今回実行委員長になるにあたって自分に決めた裏テーマがあった。

「ワガママであること」

過去にもイベントの統括等は何度かやっている。
自分の気持ちとして、一緒に頑張ってくれる仲間達の希望は極力叶えたいという思いがある。
チーム内で意見が相反することがあっても、なんとかその落とし所を見つけて、みんながある程度納得できる方向を探るように動くことが多かった。
それが故に円滑に回ることもあったが、しかしその半面、自分のやりたいことをやりきれなくて後悔したことはたくさんあった。

 

今回はPHPコミュニティの根幹を壊さないことは大前提として自分の思い、やりたいことは自由にぶつけさせてもらった。

Growthというテーマで学生支援にめっちゃ力を入れた。
学生の頃就活でお世話になったサポーターズの社長さんが助けてくれた。

学生にたくさん来て欲しくて大学に一通一通お手紙とポスターを送ってみたりもした。
数日えいやっでやったが、これは地味に大変だった。
徹夜で、宛先集めと発送作業手伝ってくれたメンバーに感謝しかない。

WEBにいつも以上に色々情報を載っけてもらったり、全セッションをSNSで紹介してもらった。
手間とお金をかけてプレスリリースにも力を入れてもらった。
無茶振りに付き合ってくれた広報メンバーに感謝しかない。

自分の大好きなアーティスト(声優)さんにも声をかけた。
残念ながら、多忙とイメージ感が合わなくて断られてしまったが、よく名前をしっているマネージャーさんが丁寧に話しを聞いてくれてお断りをしてくれた。

急遽時間が空いたので、他のPHP関連のカンファレンスの紹介を入れた。
副委員長から「やるなら全国のカンファレンス紹介をしないと不公平だ」というもっともな提言をもらって本番10分前くらいに必死に声かけした。
それでも声かけきれなかったカンファレンスの方々が居たのは申し訳なかった。
その後、福岡と北海道が懇親会で名乗りあげてくれて、紹介できた時のを聞いた時は嬉しかった。
ずっと気になっていてできていなかったカンファレンス間の横の連携に布石を打てたと考えるならば、今後は積極的にやっていきたい。

セッション以外の映像や広報動画を残したくて、映像のプロフェッショナルチームである機材藩に協力を要請した。
依頼が結構フワフワしてたり、前日まで担当者間の顔合わせができなかったりで結構迷惑をかけたのに、キビキビ動いてくれて感謝しかない。
編集があるので実際の映像を見るのはこれからだが彼らの技術力は確かなので楽しみである。

今回初の英語セッション(翻訳なし)とリモートセッションにトライした。
と言っても、プログラム&配信担当に無茶振りした感じだ。
風邪で体調悪い中、時差と言語の壁を超えて見事実現してくれた担当者には感謝しかない。

趣味のイベント無線構築で変態な通信ネットワークを組んでみた。
今まで全館通じなかったPiOで初めて通信できたので、これは成功だった。

 

色々やれたと思う反面、もうちょっとやりたかったことがまだいっぱいある。
来年の委員長は別の人に譲るが副委員長として支えていくので、新委員長の方針のもと引き続きトライはしたい。

人生のウチでの割合はそれほど大きくはないが、準備期間の一年間は結構長くて濃かったように思う。

 

 

開会と閉会の挨拶をそれぞれしたのだが、開会の時には正直それほど実感がなかった。
しかし、閉会の挨拶をした時には、「無事に開催できたんだなぁ」という感慨の気持ちとともに涙がこみ上げてきた。

自分が情熱を注いで準備してきたカンファレンスは無事に終了したのだと。

 

 

コミケの準備のピークと被ったり、一週間前に人数だけ見ればぺちこんと同じくらい人が来る集会の仕切りをしなきゃいけなかったりで正直しんどかったし、ここ10年くらいで一番辛い一ヶ月だった。

人が集まるのか不安で胃も痛かったりした。
開催中止になってスポンサーから「お金を返せ」と言われたらどうしようとか、しょうもないことも考えた。

しかし、当日これだけ多くの人が来てくれて笑顔で「楽しかった!」って言ってくれて、そんな大変な思いは吹き飛んでしまった。

そんな自分はきっとこれからもイベントスタッフ沼からは抜けられないのだろう。

 

 

技術力にはそこまで自信があるわけではないが、高校生の頃から10年以上積み重ねて来た「イベント」という経験は決して小さなものではないことが、わかって来た。
技術コミュニティにも役立てることができることもわかって来た。

何より、仲間に恵まれる能力?だけはあるみたいなので、これからも何がしかコミットしていきたいと思う。

 

 

来年のぺちこんは12月1日です。
http://phpcon.php.gr.jp/2019/

 

 

 

#PHPCON2018

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